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綱島の歴史(VF3tb)

はじめまして、相撲です。

バーチャファイターの鷹嵐をこよなく愛している私だが、
早いもので、はじめて綱島でバーチャをプレーしたのはもう15年ほど前の話になる。

本ブログは綱島ブログということなので、私の綱島に関わる綱島の思い出を少し語らせて頂きたいと思う。

若手の皆さんにはちょっとつまらない話かもしれない。



■1998年(VF3tb)~2001年
きっかけは覚えていないが、綱島へは今は辞めてしまった友人に誘われて一緒に行ったがきっかけだったと思う。
この時は「クラブセガ綱島」ではなく、当時の店名は「ブラボー」だった。


ブラボーに設置されたVF3tbは確か2セットで、1プレー100円。
学生だった自分には100円はきついなーって記憶がある。


当時のブラボーはなんと言うか、地盤が出来ていた。

2大影(カゲオ&巌流影)を2トップに外門大学(AK)、シビ(SH)、ピロJ(JA)、大倉山ウルフ(WO)、マッチョウルフ(WO)等、常連さんが沢山。
ちなみに2大影はカゲオさん=パンチの多い影、巌流影=速い影とよく表現されていた。今の巌流影のプレーからは想像出来ないかもしれないが、とにかく速かったのである。
後の最速の小太りの誕生である。


アテナ杯(BT杯の前身)で上位入賞するような人たちが、そこまでガチガチに上位を狙っているわけではない人達と普通に楽しそうなバーチャをしている。

そして、頑張ってこのゲーセン内で結果を出したら、自分達も強くなっているのかも、と思わせる雰囲気もあった。

柔らかい空気と本気の空気。

普通にただゲームを遊びたい人を批判することもなければ、強くなりたい人をちゃんと見てくれる環境。
ブラボーは(格ゲーに関して)良いゲーセンの手本であったと思う。


綱島に遠征者が来るようなことはあまりなかったと思うけど、時折印旛連合の連中が来てくれる時があって、その時は凄くテンションが上がった記憶がある。
ネットに動画が上がっていない時代。強豪プレイヤーの試合はライブで見るしかないのである。
アテナ杯のビデオでしか見たことなかったサムのプレーを生で見た時は感動したな。相手の起き上がりにローキックを重ねるのがうますぎて関係ない自分もジャッキーを練習したものである。


そうして日々研鑽を積んだ我々は、カゲオさんのプロデュースにより綱島と鶴見の常連でチームを組んでBT杯に出場したりもした(カゲオ牧場)
今思うと、プロデューサーの名前入りを押し出したチーム名を私はカゲオ牧場、カブ1st、暴れ馬牧場しか知らない。
まさかの最初と最後が牧場。


話が逸れてしまったが、1,2週間に1度綱島でバーチャをするのが楽しみで仕方がなかった。
この頃は、もうVF4とか出なくていいよ、一生VF3tbをプレーしていたりと半分本気で思っていた(今も少し思ってるけど)


・・・しかし来てしまったのである。VF3tbの終極、そしてVF4のリリース。



「あれ、鷹嵐は!?」



つづくかも。
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  1. 2013年05月29日 00:28 |
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